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2014/04/29

Soul Music【261】The Co-Hearts "My Love"/コ・ハーツ 「マイ・ラブ」【1958】

【曲名】"My Love"/「マイ・ラブ」【1958年】
【アーティスト】The Co-Hearts/コ・ハーツ
【収録アルバム】ベスト盤など

The Co-Heartsは、フィラデルフィアを拠点に活動していた女性コーラス・グループのようですが、英語版wikipediaにもページが存在せず、詳細は不明。

フィラデルフィア発のブラック・ミュージックと言えば、1970年代にスリー・ディグリーズらを擁しヒット曲を連発したフィリー・ソウル【ウィキ】ムーヴメントは良く知られておりますが、1950年代にもこのようなグループが存在したのは興味深いと言えそうです。




ウィキペディア:なし





2014/04/27

Soul Music【260】Cameo "Rigor Mortis"/キャメオ 「リガー・モーティス」【1977】

【曲名】"Rigor Mortis"/「リガー・モーティス」【1977年】
【アーティスト】Cameo/キャメオ
【収録アルバム】"Cardiac Arrest"/「カーディアック・アレスト」【1977年】

ファンク・バンド、カメオのデビュー作"Cardiac Arrest"【1977年】収録曲。ファンクとは言うものの彼らがデビューした1977年はディスコ・ブームのまっただ中。ですので、ディスコティックな楽曲ですが、かなり工夫が凝らされ複雑な構造の曲となっています。




12inchバージョン。



ウィキペディア:Cameoキャメオ

関連記事:
Soul Music【016】Cameo "Word Up"/キャメオ 「ワード・アップ」【1986】


2014/04/25

Soul Music【259】Isaac Hayes "Walk On By"/アイザック・ヘイズ 「ウォーク・オン・バイ」【1969】

【曲名】"Walk On By"/「ウォーク・オン・バイ」【1969年】
【アーティスト】Isaac Hayes/アイザック・ヘイズ
【収録アルバム】"Hot Buttered Soul"/「ホット・バタード・ソウル」【1969年】

アイザック・ヘイズは、メンフィスを拠点に南部からブラック・ミュージックを発信したスタックス・レコードでスタジオ・ミュージシャン/プロデューサー/作曲家として大成功を収めたサザン・ソウルのドン的存在の大人物。Sam & Daveの"Soul Man""Hold On,I'm comin'"なども彼の作品。Carla Thomasをプロデュースしたのもヘイズ。1960年代以降のブラック・ミュージック隆盛に大きく貢献しました。

1967年にスタックス・レコードは親会社アトランティック・レコードから独立。ヘイズも1968年にデビュー作"Presenting Isaac Hayesを発表し、裏方から表舞台に躍り出ます。ところがセールス的に大惨敗となり、アーティスト・デビューは失敗に終わったかのように思われました。

ところが、スタックスは看板アーティストだったオーティス・レディングを不慮の事故で失ってしまいます。敬遠不振に陥ったスタックスは破れかぶれになったのかどうかは解りませんが、1969年に27枚の新アルバムを製作することを要求し、数合わせするかの如く、ヘイズの2ndアルバム製作のチャンスが舞い込みます。

結果として、彼の2ndアルバム"Hot Buttered Soul"は27枚の中で最大のヒットを記録することになります。

ですが、この"Hot Buttered Soul"はヒットしたから凄いと単純に決めつけてしまう訳にはいきません。内容的に大変興味深い試みがなされており、現在ではブラック・ミュージックの歴史的に考えて最重要作と位置づけられております。

"Hot Buttered Soul"1曲目収録の"Walk On By"がその象徴的な曲。



12分に及ぶ長尺曲である点がまず異例。曲自体はヘイズ作ではなく、アメリカ音楽界を代表するバート・バカラックが、1964年に専属歌手ディオンヌ・ワーウィックのために書き大ヒットを記録した曲のカヴァー。

ですが、単なるカヴァーに止まる内容では全くなく、作り替えてしまったと言うべき内容。ギター/オルガン/ストリングスなどがぶつかり合う複雑な構成となり、山あり谷ありの恐るべき構造を持つ楽曲へとヘイズは作り替えてしまいます。

当時のヒット曲は3分程度で起承転結がシンプルであることが基本でした。主役はもちろんヴォーカル。それらの大前提をヘイズは完全に破り、ジャズや現代音楽のように、ソウル・ミュージックに演奏やアレンジ/曲の構成で工夫を凝らすという考え方を持ち込み、かつ商業的に成功するという偉業を達成してしまいます。

後のP-Funkやプリンスなどへの影響は明らかで、ヘイズが提示した新しいアイデアは以後のブラック・ミュージックの発展に大きく寄与したことは言うまでもありません。ヘイズはブラック・ミュージックの価値を1段階引き上げた歴史的な音楽家と考えられます。

ウィキペディア:Isaac Hayesアイザック・ヘイズ

関連記事:
Soul Music【049】Isaac Hayes "Theme From Shaft"/アイザック・ヘイズ 「シャフト」のテーマ【1971】


2014/04/23

Soul Music【258】Gene Chandler "Duke of Earl"/ジーン・チャンドラー 「デューク・オブ・アール」【1962】

【曲名】"Duke of Earl"/「デューク・オブ・アール」【1962年】
【アーティスト】Gene Chandler/ジーン・チャンドラー
【収録アルバム】ベスト盤など

ジーン・チャンドラーは、シカゴを拠点に活動していたコーラス・グループThe Dukaysのリード・シンガーとして活躍。"Duke of Earl"もThe Dukaysとして録音したそうですが、レコードではGene Chandlerのソロ曲扱いとなったそうです。




後に「懐かしのメロディ」的なコンサートに登場。



ウィキペディア:Gene Chandler





2014/04/21

Soul Music【257】Bobby Hebb "Sunny"/ボビー・ヘブ 「サニー」【1966】

【曲名】"Sunny"/「サニー」【1966年】
【アーティスト】Bobby Hebb/ボビー・ヘブ
【収録アルバム】ベスト盤など

ボビー・ヘブは、盲目のミュージシャンを両親に持つ、ヴォーカリスト/ギタリスト/ピアニスト。"Sunny"は彼のキャリアを代表する曲。

後に多数のカヴァー・ヴァージョンが発表されます。カヴァー版一覧はWikipedia:Sunny(Song)を。

映画『8月のメモワール』【1995年】のサントラでも再使用されました。




この映像はTVライヴ版。ヘブはギターを弾きながら歌います。

説明にはベーシストがロン・カーターとありますが、後ろ姿のみで顔が見えないので確認できず。3:23辺りでちらっと顔が見えまが、ちょっと感じが違うような気もするのですが。

ですが、ギター/ベースによるこのバージョンがかっこいいのはたしかです。


ウィキペディア:Bobby Hebb


2014/04/19

Soul Music【256】Thurston Harris "Little Bitty Pretty One"/サーストン・ハリス 「リトル・ビティ・プリティ・ワン」【1957】

【曲名】"Little Bitty Pretty One"/「リトル・ビティ・プリティ・ワン」【1957年】
【アーティスト】Thurston Harris/サーストン・ハリス
【収録アルバム】ベスト盤など

サーストン・ハリスは、1950年代初めから西海岸を拠点にDoo-Wopのヴォーカリストとして活動。"Little Bitty Pretty One"は、Bobby Dayのヒット曲をカヴァーしたもの。

映画『コリーナ、コリーナ』【1994年】のサウンドトラックで再使用されました。



ウィキペディア:Thurston Harris





2014/04/17

Hip-Hop【040】The Black Eyed Peas "Pump It"/ブラック・アイド・ピーズ 「パンプ・イット」【2005】

【曲名】"Pump It"/「パンプ・イット」【2005年】
【アーティスト】The Black Eyed Peas/ブラック・アイド・ピーズ
【収録アルバム】"Monkey Business"/「モンキー・ビジネス」【2005年】

クエンティン・タランティーノが『パルプ・フィクション』【1994年】のサントラで使用し、リヴァイヴ・ヒットさせたサーフ・ロックの雄Dick Daleの"Misirlou"【1962/wiki】をサンプリング、というよりもカヴァー。





ウィキペディア:ブラック・アイド・ピーズ

関連記事:
Hip-Hop【025】The Black Eyed Peas "Sexy"/ブラック・アイド・ピーズ 「セクシー」【2003】
Hip-Hop【029】The Black Eyed Peas "Let's Get Retarded"/ブラック・アイド・ピーズ 「レッツ・ゲット・リターデッド」【2002】





2014/04/15

Hip-Hop【039】Puff Daddy "I'll Be Missing You"/パフ・ダディ 「アイル・ビ・ミッシング・ユー」【1997】

【曲名】"I'll Be Missing You"/「アイル・ビ・ミッシング・ユー」【1997年】
【アーティスト】Puff Daddy Featuring Faith Evans/パフ・ダディ フィーチャリング・フェイス・エヴァンス
【収録アルバム】"No Way Out"/「ノー・ウェイ・アウト」【1997年】

パフ・ダディことショーン・コムズ【Sean Combs/wiki】はプロデューサーとしてキャリアをスタート。メアリー・J・ブライジ、Heavy D & the Boyzなどを発掘し大ヒットさせます。

プロデューサーとしての彼の最大の成果は、巨漢ラッパーNotorious B.I.G.【ウィキ】の発掘。ところが、当時のHip-Hopシーンはレーベルやグループの対立が激しく、コムズ/Notorious B.I.G.陣営はかつて関係良好だったHip-Hop界の大スター2pac【ウィキ】陣営と対立するようになり、2pacが1996年に射殺される事件が発生すると、翌年Notorious B.I.G.も翌年襲撃され死亡する惨事が発生。

この事件後、コムズは自らPuff Daddyと名乗りアーティストとしてデビュー。デビュー・アルバムで今は亡き盟友Notorious B.I.G.に捧げた曲が"I'll Be Missing You"でした。



聴いてお解りのように、スティング率いる英国のバンドThe Policeの"Every Breath You Take"【1983年】を大胆にサンプリング、というよりもカヴァー。コーラスで参加しているフェイス・エヴァンスもコムズがプロデュースしたR&Bシンガーで、ノトリアスB.I.G.の元妻。


こちらは1997年MTV MUSIC AWARDでのライヴ映像。スティング本人がサプライズで登場。



ところが、2006年になってショーン・コムズはそれまで自身名義で発表してきた作品のほとんどがゴースト・ライターによって作られたことを認めることに。

2007年ダイアナ元皇太子妃の追悼コンサートでのライヴ映像。


ゴーストライターが書こうがなんだろうが、一切悪びれることなくノリノリのパフ・ダディ。別にゴーストがいようがなんだろが、音楽は曲が良ければ裏舞台はどうだって良いということなんでしょう。

そこで、出てこいS村K内氏。「元のアイデアはオレのものだ!」と主張し続けるのが生き残る道かもしれません。障害の詐称の件は完全にアウトですけど。でも、S村K内氏のレコード会社は絶対グルだよなぁ、と思うのですが・・・。感動秘話のでっち上げに協力したマスコミだってグルでしょう、どう考えたって。

ウィキペディア:パフ・ダディ(ショーン・コムズ)

関連記事:
Rock/Pops【019】The Police "Every Breath You Take"/ポリス 「見つめていたい」【1983】





2014/04/13

Hip-Hop【038】Wu-Tang Clan "Tearz"/ウータン・クラン 「ティアーズ」【1993】

【曲名】"Tearz"/「ティアーズ」【1993年】
【アーティスト】Wu-Tang Clan/ウータン・クラン
【収録アルバム】"Enter The Wu-Tang (36 Chambers)"/「燃えよウータン」【1993年】

RZA率いるWu-Tang Clanの1stアルバム"Enter The Wu-Tang"【1993年】収録曲。




ウィキペディア:ウータン・クラン

関連記事:
Hip-Hop【028】Wu-Tang Clan "Ain't Nothin Ta Fxxx Wit"/ウータン・クラン 「エイント・ノッシン・ファ××・ウィズ」【1993】




2014/04/11

Hip-Hop【037】De La Soul "Held Down"/デ・ラ・ソウル 「ヘルド・ダウン」【2001】

【曲名】"Held Down"/「ヘルド・ダウン」【2001年】
【アーティスト】De La Soul/デ・ラ・ソウル
【収録アルバム】"AOI:BIONIX"【2001年】

Hip-Hopというと金銀ジャラジャラを纏った怒れる若者たちが、鬱屈した不満を怒鳴り散らすというイメージもあるかとは思いますが、De La Soulは明らかに異質な存在。インテリ系Hip-Hopとでも言うべきでしょうか。ソフィスティケイトされたスタイルで、じっくり聴くに値するHip-Hopを作り挙げました。

7thアルバム"AOI:BIONIX"【2001年】収録曲。




なお、ブログ開設よりこの記事で1,000曲目の紹介となりました。これまで毎日21:00更新して参りましたが、次回からは1日おきの更新となります。

ウィキペディア:デ・ラ・ソウルの項

関連記事:
Hip-Hop【001】De La Soul "Say No Go"/デ・ラ・ソウル 「セイ・ノー・ゴー」【1989】
Hip-Hop【009】De La Soul "Long Island Wildin'"/デ・ラ・ソウル 「ロング・アイルランド・ワイルディン’」【1993】
Hip-Hop【032】De La Soul "Jenifa Taught Me"/デ・ラ・ソウル 「ジェニファ・トウト・ミー」【1989】


2014/04/10

Hip-Hop【036】RUN D.M.C. "Let's Stay Together"/RUN DMC 「レッツ・ステイ・トゥギャザー」【2001】

【曲名】"Let's Stay Together"/「レッツ・ステイ・トゥギャザー」【2001年】
【アーティスト】RUN D.M.C.
【収録アルバム】"Crown Royal"/「クラウン・ロイヤル」【2001年】

"Walk This Way"【1986】の大ヒットにより、Hip-Hop/Rapをメジャーなポップ・ミュージックの地位に押し上げたRUN D.M.C.でしたが、1990年代は低迷。追い打ちをかけるように、メンバーのJam-Master Jay【wiki】が2002年に射殺される事件が発生。その1年前の2001年発表されていた7thアルバム"Crown Royal"が実質ラスト・アルバムとなります。

この曲は"Crown Royal"収録。1970年代に大人気だったソウル・シンガー、アル・グリーンの"Let's Stay Together"をサンプリングというよりもカヴァーした曲です。





ウィキペディア:RUN DMC

関連記事:

Hip-Hop【002】RUN D.M.C. "It's Tricky"/RUN D.M.C. 「イッツ・トリッキー」【1986】
Soul Music【006】Al Green "Let's Stay Together"/アル・グリーン 「レッツ・ステイ・トゥギャザ-」【1971】




2014/04/09

J-POP【100】森山直太朗 「生きとし生ける物へ」【2004】

【曲名】「生きとし生ける物へ」【2004年】
【アーティスト】森山直太朗
【収録アルバム】「新たなる香辛料を求めて」【2004年】

私は完全なるダウンタウン世代。かつてはあまりJ-Popは聴かなかったのですが、ダウンタウン見たさにHey!Hey!Hey!は良く観ていました。Mr.ChildrenやSpitz、Puffy、Pizzicato Five、kiroro、Judu and Mary、Perfumeなどを知ったのもHey!Hey!Hey!でした。

あの番組の中でも最もインパクトのあったのが森山直太朗。そして、彼の歌う「生きとし生ける物へ」でした。消化するのに数日かかった記憶があります。才能って凄いなぁと心から思いました。歌が上手いですとか、良い曲を書くうんぬんを超えた特別な才能。森山直太朗はそんな人なんだろうなと感じました。

ですが、彼のCDはほとんど持っていません。強烈すぎるからです。私は完全な尾崎豊世代。少年時代は尾崎豊にどっぷり浸かっていました。音楽性や感性は異なりますが、森山直太朗に似た匂いを感じ、あのタイプのアーティストにハマるのは一生にひとりで十分だと若干の拒絶反応を感じてしまった訳です。

森山直太朗なら日本語で歌っても世界中の人々に訴えかける力があるのではないでしょうか。ということで、東京オリンピック2020の開会式には是非とも森山直太朗を孤独に推挙させていただきます。





Hey!Hey!Hey!出演バージョン。



ライヴ・バージョン。


ウィキペディア:森山直太朗

関連記事:J-POP【013】Moriyama Naotaro "Sakura"/森山直太朗 「桜」【2003】


 


2014/04/08

J-POP【099】荒井由美 「ひこうき雲」【1973】

【曲名】「ひこうき雲」【1973年】
【アーティスト】荒井由美
【収録アルバム】「ひこうき雲」【1973年】

人は大きな流れには逆らえません。

かつてはユーミンなんて絶対に聴くもんか!と思っていました。嫌いとか言うわけではなく、守備範囲外の音楽家だと思いこんでいました。偶然「卒業写真」を知り、良い曲だなぁと思いつつも、ファンというほどのこともなく。

そして宮崎駿氏が荒井由美の「ひこうき雲」を映画『風たちぬ』【2013年】のテーマ曲に選びました。

私はもちろん宮崎作品の愛好家。幾度となく「ひこうき雲」を耳にすることになります。日本全国規模でリヴァイバルしました。この曲を知って嫌いになれるでしょうか。そんなことは果たして可能でしょうか。もちろんいつの世にもヘソ曲がりはおります。意地を張っても損をするだけなのに。

そして私も荒井由美ファンの仲間入りを果たしました。







画質・音質もちょっとアレですが貴重な映像。



新録版。オルガン:松任谷正隆。ベース:細野晴臣。


ウィキペディア:荒井由美

関連記事:
J-POP【008】Arai Yumi "Sotsugyo Shasin"/荒井由美 「卒業写真」【1975】


 

 


2014/04/06

J-POP【097】EGO-WRAPPIN' 「くちばしにチェリー」【2002】

【曲名】「くちばしにチェリー」【2002年】
【アーティスト】EGO-WRAPPIN'/エゴ-ラッピン
【収録アルバム】"Night Food"【2002年】

EGO-WRAPPIN'は、ジャズ的な要素を大胆に取り入れた日本のバンド。ジャズの要素は強すぎず、さりとて薄すぎず。かといって他のバンドとは一線を画すスタイルを確立。





ライヴ・ヴァージョン。



ウィキペディア:EGO-WRAPPIN'


2014/04/05

J-POP【096】Tommy February6 "Candy Pop In Love"/トミー・フェブラリー6 「キャンディ・ポップ・イン・ラヴ」【2002】

【曲名】"Candy Pop In Love"/「キャンディ・ポップ・イン・ラヴ」【2002年】
【アーティスト】Tommy February6/トミー・フェブラリー6
【収録アルバム】"Tommy February6"/「トミー・フェブラリー6」【2002年】

Tommy February6は、the brillinat greenのヴォーカル川瀬智子のソロ・プロジェクト。1stアルバム"Tommy February6"【2002年】収録曲。



youtubeでCandy Pop In Loveを検索するとこんな映像が!


ロシア人っすかね。若干の恍惚感すら漂っています。上半身がハダカなのかはさておくとして、選曲眼は正しいのでしょうか。いや、Tommy February6とこの曲はもちろん優れものなのですが、ドラマーがyoutubeに発表する曲として適切かどうかを問うてみたいと思わずにはいられません。

ですが、同時になんだか北方領土が遂に返ってきそうな予感がしてきました。平和条約が結べそうな気もしてきています。

ウィキペディア:川瀬智子


関連記事:
J-POP【021】the brilliant green "There Will Be Love there 愛のある場所"【1998】
J-POP【037】Tommy February6 「トミフェブラリー、マカロン」【2002】
J-POP【060】the Brilliant Green "Call My Name"/ブリリアント・グリーン 「コール・マイ・ネーム」【1999】
J-POP【084】Tommy February6 "je t'aime ★ je t'aime"/トミー・フェブラリー6 「ジュ・テーム★ジュ・テーム」【2004】
J-POP【095】the brilliant green 「長いため息のように」【1999】





2014/04/03

J-POP【094】My Little Lover "Now and Then"【1998】

【曲名】"Now and Then"/「Now and Then 失われた時をもとめて」【1998年】
【アーティスト】My Little Lover
【収録アルバム】"Presents"/「プレゼンツ」【1998年】

ラストで印象が少し変わるインストゥルメンタル・パートを持つ曲。おおげさに言えばDerek and Dominosの"Layla"的。小林武史氏はこの構成を好み、"evergreen"も似たような構成でした。






ウィキペディア:MY LITTLE LOVERの項

関連記事:
J-POP【017】My Little Lover "Hello,Again"/マイ・リトル・ラバー 「ハロー、アゲイン 昔からある場所」【1995】
J-POP【018】My Little Lover "Free"/マイ・リトル・ラヴァー 「フリー」【1995】
J-POP【035】MY LITTLE LOVER "evergreen"/MY LILTTLE LOVER 「evergreen」【1995】
J-POP【076】MY LITTLE LOVER "ALICE"/マイ・リトル・ラヴァー 「アリス」【1996】






2014/04/02

J-POP【093】Chara "Junior Sweet"/チャラ 「ジュニア・スウィート」【1997】

【曲名】"Junior Sweet"/「ジュニア・スウィート」【1997年】
【アーティスト】Chara/チャラ
【収録アルバム】"Junior Sweet"/「ジュニア・スウィート」【1997年】

youtubeにあったCharaの動画のコメント欄に、「この人の歌は歌詞が聴き取りにくいのでちゃんと歌ってほしい」的な内容のクレーム(?)を見かけたことがあります。

アホかっ!と。バカかっ!と。サッカー選手にボールを蹴るな!、野球選手にバットを振るな!というのと同じことを言ってるようなものです。アーティストとリスナーの相性はもちろんあると思います。善悪の問題ではなく、好きなら聴けば良いですし、苦手なら敬遠すれば良いだけの話し。

あまりにも酷すぎて、逆に笑ってしまいました。









ウィキペディア:CHARAの項

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J-POP【007】Yen Town Band "Swallowtail Butterfly"/Yen Town Band 「スワロウテイル・バタフライ~あいのうた~」【1996】
J-POP【034】Chara "Yasashii Kimochi"/CHARA 「やさしい気持ち」【1997】
J-POP【050】CHARA "Shima Shima No Bambi"/CHARA 「しましまのバンビ」【1997】
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